全国各地に広がる歌碑を通じて、茂吉がそこに残した足跡と歌心を巡る。
斎藤茂吉の歌碑は、北海道から九州まで広い範囲で建てられ、その数は年々増加しています。中でも茂吉のふるさと山形県にはゆかりの地も多く、全建立数の約半数を占めています。
建立されている場所は、公園のほか、観光名所旧跡・私邸庭内などさまざまです。また碑に刻まれた文字は、茂吉自筆による色紙・短冊などを原稿としてそれを拡大したものが多く、そのほか活字体、他筆による歌碑も建てられています。
これら、斎藤茂吉を敬愛する人たちによって全国各地に建てられた歌碑を通して、茂吉がそこに残した足跡と歌心の旅をしのぶことができます。
斎藤茂吉 全国歌碑一覧をダウンロード(PDF:687kb)歌碑
No. | 歌碑の歌 | 場所 | 建立日(除幕日) | 建立者 | 出典 | 備考 |
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1 | 陸奥をふたわけざまに聳えたまふ 蔵王の山の雲の中にたつ |
山形県上山市蔵王熊野岳山頂 | 昭和9年8月 (昭和9年8月29日) |
高橋四郎兵衛 | 白桃 (昭和9) |
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2 | うつし身の苦しみ歎く心さへ はや淡々し山のみ寺に |
東京都八王子市大法寺 | (昭和27年4月29日) | 八王子アララギ会 | ともしび (昭和2) |
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3 | 五日ふりし雨はるるらし山腹の 吾妻のさぎり天のぼりみゆ (歌集「あらたま」改作歌) |
福島県福島市吾妻山 桶沼畔 | 昭和27年6月 (昭和28年5月31日) |
地元有志 | あらたま (大正5年) |
原作:山腹に迫りながるる吾妻のさ霧 |
4 | 人麿がつひのいのちを終はりたる 鴨山をしも此処と定めむ |
島根県美郷町(旧邑智町)鴨山公園 | 昭和28年4月 (昭和28年4月29日) |
地元有志 | 寒雲 (昭和12年) |
平16.町名変更 |
5 | おのづから寂しくもあるかゆふぐれて 雲は大きく谿に沈みぬ |
神奈川県箱根町強羅公園 | 昭和30年3月 (昭和35年5月15日) |
神奈川県歌人会 | ともしび (大正14年) |
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6 | おのづから寂しくもあるかゆふぐれて 雲は大きく谿に沈みぬ |
福岡県福岡市文学碑公園 | – | 吉川熊雄 | ともしび (大正14年) |
強羅公園歌碑拓本を基に建立 |
7 | 君のべにありとおもへばわがよみし はかなき歌もこゑあぐらむぞ |
東京都千代田区池上浩山人 宅 | 昭和30年4月 | 池上浩山人 | 霜 (昭和17年) |
板 碑 |
8 | もみぢ葉のすがれに向ふ頃ほひに さばね越えむとおもふ楽しさ |
山形県舟形町猿羽根峠地蔵尊参道 | 昭和30年10月 (昭和31年5月12日) |
舟形町観光協会 | 短歌拾遺 (昭和21年) |
聴禽書屋歌会即詠 |
9 | 最上川の上空にしてのこれるは 未だうつくしき虹の断片 |
山形県大石田町今宿 虹ヶ丘 | 昭和31年2月25日 (昭和31年5月13日) |
歌碑建設委員会 | 白き山 (昭和21年) |
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10 | うつつなる狂者の慈母の額より ひかり放たむごとき尊さ |
東京都世田谷区都立松沢病院内 | 昭和31年5月27日 | 都立松沢病院 | 短歌拾遺 (昭和17年) |
石橋ハヤ女史顕彰碑 |
11 | あさ明けて船より鳴れる太笛の こだまは長し並みよろふ山 |
長崎県長崎市桜町公園 | 昭和31年10月 (昭和31年10月25日) |
長崎アララギ会 | あらたま (大正6年) |
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昭和51年3月 | 長崎市長崎歌人会 | 歌碑面風化のため再建立 | ||||
12 | 祐徳院稲荷にも吾等まうでたり 遠く旅来しことを語りて |
佐賀県鹿島市祐徳院稲荷神社外苑東山つつじ園 | 昭和32年2月29日 (昭和32年2月29日) |
斎藤茂吉翁歌碑建立委員会 | つゆじも (大正9年) |
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13 | 最上川流るるくににすぐれ人 あまた居れどもこの君我は |
山形県村山市最上徳内記念館前庭 | 昭和32年11月 | 村山市議会 | 小園 (昭和18年) |
楯岡小学校校庭より移転建立 |
14 | 山脈が波動をなせる美しさ たゞに白しと歌ひけるかも |
大分県佐伯市上尾医院 | 昭和32年12月 (昭和33年3月 2日) |
長門 莫 | 白き山 (昭和22年) |
銅板レリーフ |
15 | 足乳根の母に連れられ川越えし 田こえしこともありにけむもの |
山形県上山市月岡公園 | 昭和36年2月3日 (昭和36年11月3日) |
上山市 | あらたま (大正3年) |
銅板レリーフ |
16 | 長崎の昼しづかなる唐寺や 思ひいづれば白きさるすべりのはな |
長崎県長崎市興福寺 | 昭和36年夏 | 興福寺保存会 | つゆじも (大正10年) |
活字 |
17 | ぽつかりと朝日子あかく東海の 水にうまれてゐたりけるかも (歌集「あらたま」改作前歌) |
岩手県盛岡市伊藤岩太郎 庭 | 昭和37年4月13日 | 伊藤岩太郎 | あらたま (大正3年) |
六首並刻 |
18 | 蔵王山その全けきを大君は 明治十四年あふぎたまひき |
山形県上山市みゆき公園 | 昭和37年7月13日 | 上山市 | 小園 (昭和20年) |
活字 |
19 | うつせみの病やしなふ寂しさは 川上川のみなもとどころ |
佐賀県佐賀市(旧富士町)古湯温泉川上河畔 | 昭和37年9月 (昭和37年10月3日) |
斎藤茂吉翁歌碑建立委員会 | つゆじも (大正9年) |
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20 | おほきなる流となればためらはず 酒田のうみにそそがむとする |
山形県酒田市日和山公園 | 昭和37年10月 (昭和37年10月14日) |
酒田短歌会 | 白き山 (昭和22年) |
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21 | あかねさす日のまともなる高岡に 心ゆたけく子らは学ばむ |
山形県山形市蔵王第二小学校校庭 | 昭和38年11月 (昭和38年11月3日) |
歌碑建立実行委員会 | 寒雲 (昭和12年) |
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22 | 八千ぐさの朝なゆふなに咲きにほふ 富士見が原に我は来にけり |
長野県富士見町白林荘内 | 昭和39年8月22日 | 山県勝見 | つゆじも (大正10年) |
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23 | 上山に籠居したりし沢庵を 大切にせる人しおもほゆ |
山形県上山市春雨庵 | 昭和39年10月 | 春雨庵保存会 | 白き山 (昭和22年) |
他筆(木村明洲 筆) |
24 | 高原尓足乎留而目守良無加 飛騨乃左加比乃雲比曽武山 |
長野県富士見町富士見公園内 | (昭和40年10月17日) | 斎藤茂吉歌碑建立委員会 | つゆじも (大正10年) |
万葉仮名 |
25 | 大きなるこのしづけさや高千穂の 峯のすべたるあまつゆふぐれ |
鹿児島県霧島市(旧霧島町)霧島神社 | 昭和41年11月 (昭和41年12月13日) |
霧島観光協会 | のぼり路 (昭和14年) |
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26 | みちのくの勿来へ入らむ山かひに 梅干ふふむあれとあがつま |
福島県いわき市勿来関跡 | 昭和42年11月26日 | 斎藤茂吉歌碑建設委員会 | あらたま (大正4年) |
他筆(木村守江 筆) |
27 | いつしかも月の光はさし居りて この谷まよりたつ雲もなし |
山形県鶴岡市(旧朝日村)湯殿山 | (昭和43年10月10日) | 原田吉男 | ともしび (昭和3) |
銅板レリーフ |
28 | 陸奥の蔵王山並にゐる雲の ひねもす動き春たつらしも |
山形県上山市蔵王観松平 | (昭和43年11月3日) | 蔵王ロープウェイ(株) | 霜 (昭和17年) |
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29 | ひむがしに直にい向ふ岡に上り 蔵王の山を目守りて下る |
山形県上山市小倉地内鴫の谷地沼畔 | 昭和44年10月1日 (昭和44年10月26日) |
山形新聞山形放送 | 小園 (昭和20年) |
蔵王 ホテル蔵王ガーデン前庭(山形市)より平7.9移転建立 |
30 | 谷汲はしづかなる寺くれなゐの うめ干ほしぬ日のくるる迄 |
岐阜県揖斐川町(旧谷汲村)華厳寺 | 昭和45年4月 (昭和45年4月12日) |
岐阜アララギ会 | 白桃 (昭和8) |
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31 | 最上川流れさやけみ時の間も 滞ることなかりけるかも |
山形県山辺町諏訪原 | 昭和45年11月1日 | 染工五社連合代表 渡 辺 | 白き山 (昭和22年) |
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32 | 万国の人来り見よ雲はるる 蔵王の山のその全けきを |
山形県山形市蔵王上の台ダリヤ園 | 昭和46年7月27日 (昭和46年12月10日) |
蔵王温泉観光協会 | つきかげ (昭和25年) |
活字二首並刻 |
とどろける火はをさまりてみちのくの 蔵王の山はさやに聳ゆる |
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33 | 松風のおと聴く時はいにしへの 聖のごとく我は寂しむ |
滋賀県米原市番場(旧米原町) 蓮華寺 | 昭和46年9月24日 (昭和46年9月24日) |
黒江太郎山上次郎 | たかはら (昭和5年) |
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34 | 二つ居りて啼くこゑ聞けば相呼ばふ 鳥がね悲し山の月よに |
埼玉県秩父市(旧大滝村)三峯神社 | 昭和46年10月27日 (昭和46年10月27日) |
三峯神社氏子総代会 | ともしび (昭和元年) |
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35 | みほとけの大きなげきのきはまりを とはにつたへてひびきわたらむ |
新潟県長岡市西福寺 | 昭和46年11月 (昭和46年11月7日) |
藤井慧真(西福寺住職) | つきかげ (昭和23年) |
高浜虚子句碑との合同碑 |
36 | 蔵王よりおほになだれし高原も 青みわたりて春ゆかむとす |
山形県上山市月岡公園 | 昭和47年6月21日 (昭和47年6月23日) |
上山ロータリークラブ | 霜 (昭和17年) |
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37 | ゆき降りし山のはだへは夕ぐれの 光となりてむらさきに見ゆ |
山形県上山市庄司庭(旧亀屋旅館) | 昭和47年8月20日 | 亀屋旅館 | 霜 (昭和17年) |
亀屋旅館廃業に伴い庄司家私邸庭内に平8.移転建立 |
38 | 大きみもほめたまひたる伯父の君は いのちながくてくにの宝ぞ |
山形県上山市金瓶 金沢治右衛門庭 | 昭和47年10月15日 | 上山市 金瓶金沢治右衛門 | 寒雲 (昭和14年) |
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39 | 最上川逆白波のたつまでに ふぶくゆふべとなりにけるかも |
山形県大石田町乗舩寺 | 昭和48年2月25日 (昭和48年4月22日) |
板垣家子夫 | 白き山 (昭和21年) |
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40 | のど赤き玄鳥ふたつ屋梁にゐて 足乳根の母は死にたまふなり |
山形県上山市金瓶宝泉寺 | 昭和48年5月10日 (昭和48年5月10日) |
宝泉寺歌碑建設委員会 | 赤光 (大正2年) |
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41 | 肘折のいでゆ浴みむと秋彼岸の はざま路とほくのぼる楽しさ |
山形県大蔵村肘折温泉 | 昭和48年11月2日 (昭和48年11月2日) |
大蔵村観光協会 | 短歌拾遺 (昭和22年) |
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42 | いにしへのすめらみかども中辺路を 越えたまひたりのこる真清水 |
和歌山県中辺路町野中 | 昭和48年11月17日 平成11年11月21日 移転 |
中辺路町 | 白桃 (昭和9年) |
活字 近露地区(旧国民宿舎)より野中地区に平11.移転建立 |
43 | 平ぐらの高牧に来てあかときの 水飲み居れば雲はしづみぬ |
山形県上山市蔵王坊平 | 昭和49年4月20日 (昭和49年4月26日) |
上山市 | 寒雲 (昭和14年) |
活字 |
44 | ゆふされば大根の葉にふるしぐれ いたく寂しく降りにけるかも |
山形県上山市みゆき公園 | 昭和49年11月3日 (昭和49年11月4日) |
上山市 | あらたま (大正3年) |
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45 | 霧島の山のいで湯にあたたまり 一夜を寝たり明日さへも寝む |
鹿児島県霧島市(旧牧園町)国民休養地内 | 昭和50年2月 | 大霧島観光協会 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
46 | 浅草の三筋町なるおもひでもうたかたの 如や過ぎゆく光の如や |
東京都台東区浅草 | 昭和50年12月 (昭和51年1月24日) |
斎藤茂吉の歌碑を建てる会 | つゆじも (大正7年) |
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47 | 秋日和十日つづきてけふ一日 時雨は降りぬ街はぬれつつ |
山形県山形市佐藤庭 | 昭和51年3月22日 | 佐藤七太郎 | 暁紅 (昭和10年) |
銅板レリーフ |
48 | 松風のつたふる音を聞きしかど その源はいづこなるべき |
山形県上山市白禿山 | 昭和51年3月 (昭和51年4月26日) |
上山市 | 小園 (昭和20年) |
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49 | ひむがしの蔵王の山は見つれども きのふもけふも雲さだめなき |
山形県上山市経塚山 | 昭和51年11月4日 (昭和51年11月4日) |
上山市 | 石泉 (昭和6年) |
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50 | 松浦河月あかくして人の世の かなしみさへも隠さふべしや |
佐賀県唐津市舞鶴公園 | 昭和51年11月10日 (昭和51年11月10日) |
松浦文化連盟 | つゆじも (大正9年) |
活字 |
51 | ここに来て落日を見るを常とせり 海の落日も忘れざるべし |
長崎県雲仙市(旧小浜町) 夕日の広場 |
(昭和52年10月23日) | 雲仙小浜ライオンズクラブ | つゆじも (大正9年) |
活字 |
52 | あかあかと一本の道通りたり 霊剋る我が命なりけり |
東京都港区南青山(童馬山房跡) | 昭和52年11月 (昭和53年1月11日) |
青木義作 | あらたま (大正2年) |
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53 | 意乃豆加良善乎積太留代々遠経而 白玉之波奈仁宝布加如し |
山形県山形市円満寺 | 昭和52年12月 (昭和53年5月6日) |
横山静信 | 短歌拾遺 (昭和22年) |
万葉仮名 |
54 | 螢火を一つ見いでて目守りしが いざ帰りなむ老の臥処に |
山形県大石田町聴禽書屋 | 昭和53年5月1日 (昭和53年5月1日) |
佐々木英治・高橋夏生・村上常雄・森秀雄 | 白き山 (昭和21年) |
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55 | 魚くひて安らかなりし朝めざめ 藤井康夫の庭に下りたつ |
山形県酒田市旧藤井康夫庭 | 昭和53年5月 | 藤井康夫 | 白き山 (昭和22年) |
銅板レリーフ(社会保険センター前庭隣接) |
56 | たましひを育みますと聳えたつ 蔵王のやまの朝雪げむり |
山形県上山市経塚山 | 昭和53年6月 (昭和54年5月13日) |
上山ロータリークラブ | 小園 (昭和19年) |
他筆 板碑(鈴木啓蔵 筆) |
57 | 青々とおどろくばかり太き蕗が 沢をうづめて生ひしげりたる |
北海道中川町見晴公園 | 昭和53年10月22日 (昭和53年10月22日) |
中川町教育文化協会 | 石泉 (昭和7年) |
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58 | さよなかと夜は過ぎつつ志文内の 山のうへ照らす月のかげの清けさ |
北海道中川町元道立診療所前 | 昭和53年10月22日 (昭和53年10月22日) |
中川町 | 石泉 (昭和7年) |
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59 | 肥前なる唐津の浜にやどりして 唖のごとくに明け暮れむとす |
佐賀県唐津市木村旅館 | (昭和54年2月4日) | 松浦文化連盟 | つゆじも (大正9年) |
活字 |
60 | をとめ等が唇をもてつつましく 押しつつ食はむ葡萄ぞこれは |
山形県南陽市鳥上坂 | 昭和54年3月 | 南陽市 | 寒雲 (昭和13年) |
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61 | かなしきいろの紅や春ふけて 白頭翁さける野べをきにけり |
山形県西川町大井沢清水原 | 昭和54年10月 | 東海林恒昭 | つゆじも (大正10年) |
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62 | ひく山は重りあひておのづから 小さき港と成りゐたりける |
千葉県勝浦市官軍塚 | 昭和54年10月 | 勝浦市 | 小園 (昭和18年) |
活字 |
63 | 向うより瀬の白波の激ち来る 天竜川におり立ちにけり |
長野県高森町天竜川小公園 | 昭和54年11月6日 (昭和54年11月6日) |
斎藤茂吉先生歌碑建設会 | ともしび (昭和元) |
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64 | 蝉のこゑひびかふころに文殊谷 吾もわたりて古へおもほゆ |
山形県尾花沢市銀山温泉 | 昭和55年7月 (昭和55年8月 2日) |
尾花沢市銀山温泉組合 | 短歌拾遺 (昭和20年) |
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65 | したしきはうす紅の合歓の花 むらがり匂ふ旅のやどりに |
鳥取県三朝町地域民芸品等伝習施設 | 昭和56年3月 | 三朝町 | 白桃 (昭和9) |
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66 | 桜桃の花しらじらと咲き群るる 川べをゆけば母をしぞおもふ |
山形県上山市皆沢フルーツライン | 昭和56年9月16日 | 上山市 | 霜 (昭和16年) |
活字 |
67 | 高原の沼におりたつ鸛ひとつ 山のかげより白雲わきて |
山形県大石田町田沢の沼 | 昭和57年5月13日 (昭和57年5月13日) |
大石田町 | 白き山 (昭和22年) |
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68 | あしびきのやまこがらしのゆく寒さ 鴉のこゑはいよよ遠しも |
山形県上山市みゆき公園 | 昭和57年5月13日 (昭和57年5月13日) |
上山市 | あらたま (大正4年) |
銅板レリーフ |
69 | 灰のなかにははをひろへり朝日子の のぼるがなかにははをひろへり |
山形県上山市金瓶 火葬場跡 | 昭和57年5月14日 | 金瓶学校保存会 | 赤光 (大正2年) |
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70 | わが父も母もいまさぬ頃よりぞ 湯殿の山に湯はわき給ふ |
山形県鶴岡市(旧朝日村)湯殿山 | (昭和57年10月16日) | 新潟、出羽三山講中一同 | ともしび (昭和3) |
原作:母もなかりし※倒壊後移転、再建立 |
71 | 旅にして彼杵神社の境内に 遊楽相撲見ればたのしも |
長崎県東彼杵町彼杵神社境内 | (昭和58年4月29日) | 東彼杵町文芸同好会 | つゆじも (大正9年) |
他筆(中嶋八重 筆) |
72 | オホキミノタメミクニノタメニササゲタル キミノイノチハトハニカガヤク |
山形県大江町左沢 称念寺 | 昭和58年5月15日 | 菊地知二郎・山口よし | 短歌拾遺 (昭和13年) |
弔 電片仮名(アイウエ帳より) |
73 | 灰燼の中より吾もフエニキスと なりてし飛ばむ小さけれども |
広島県呉市広島県立宮原高等学校正門横 | 昭和58年8月 | 宮原高等学校第13回卒業生 | 小園 (昭和20年) |
他筆(西本篤武 筆) |
74 | 湯田中の川原に立てば北側は はつかに白し妙高の山 |
長野県山ノ内町穂波温泉 | 昭和59年3月 (昭和59年5月 2日) |
穂波温泉旅館組合 | ともしび (昭和2) |
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75 | とうとうと喇叭を吹けば塩はらの 深染の山に馬車入りにけり |
栃木県須塩原市(旧塩原町)塩原温泉妙雲寺 | 昭和59年春 | 石下キミ | 赤光 (明41) |
他筆(糸井梨雨 筆) |
76 | 元禄の芭蕉おきなもここ越えて 旅のおもひをとことはにせり |
宮城県大崎市(旧鳴子町) | 昭和59年11月 (昭和59年11月24日) |
鳴子町 | 石泉 (昭和6) |
活字 |
77 | ゆたかなる最上川口ふりさけて 光が丘にたてるけふかも |
山形県酒田市日和山公園 | 昭和60年1月10日 | 酒田市 | 短歌拾遺 (昭和22年) |
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78 | ふる国の磯のいで湯にたづさはり 夏の日の海に落ちゆくを見つ |
和歌山県白浜町湯崎 | 昭和60年4月11日 | 白浜町 | 白桃 (昭和9) |
活字 |
79 | しほ原の湯の出でどころとめ来れば もみじの赤き処なりけれ |
栃木県那須塩原市(旧塩原町)レスト日塩 | 昭和60年7月 | 太田正孝 | 赤光 (明41) |
他筆(米田 寛 筆) |
80 | 近よりて笑ひせしむることなかれ 白梅の園にをとめひとり立つ |
大分県日田市(旧大山町)大久保台 梅林公園 | 昭和61年3月26日 | 大山町 | 寒雲 (昭和12年) |
活字 |
81 | たわやめの納めまつりし玉手筥 そのただ香にしわが觸るるごと |
鹿児島県指宿市(旧開聞町)枚聞神社境内 | 昭和61年7月 | 奉納:御鍵?孝 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
82 | 山のべに匂へる葛の花房は 藤浪よりも哀れなりけり |
山形県山形市美術館前庭 | 昭和61年10月1日 | 山形新聞山形放送 | つゆじも (大正10年) |
原作:にほひし葛の房花は |
83 | 雲さむき天の涯にはつかなる 萌黄空ありそのなかの山 |
長野県飯田市大平宿 | (昭和61年10月18日) | 大平宿をのこす会 | 暁紅 (昭和11年) |
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84 | わが病やうやく癒えぬと思ふまで 嬉野の山秋ふけむとす |
佐賀県嬉野市(旧嬉野町)轟の滝公園 | (昭和61年11月28日) | 嬉野町文化協会 | つゆじも (大正9年) |
活字 銅板 |
85 | ひむがしの空にあきらけき高千穂の 峰に直向ふみささぎぞこれ |
鹿児島県霧島市(旧溝辺町)上床公園 | 昭和62年3月1日 (昭和62年10月6日) |
斎藤茂吉歌碑建設実行委員会 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
86 | 茂吉われ院長となりいそしむを 世のもろびとよ知りてくだされよ |
東京都世田谷区都立梅ヶ丘病院 | 昭和62年3月25日 | 東京都 | 石泉 (昭和7年) |
活字 |
87 | まどかにも照りくるものか歩みとどめて 吾の見てゐる冬の夜の月 |
福島県福島市信夫山 | (昭和62年5月29日) | えんじゅ会 | 白桃 (昭和9) |
えんじゅ会創立三十周年記念福島市制八十周年記念 |
88 | おもふにし心親しももろ鳥の ねぐらをとむるここのみ寺に |
群馬県太田市(旧尾島町)歴史公園内(長楽寺境内) | 昭和62年6月14日 (昭和62年6月14日) |
太田西ロータリークラブ | 未掲載歌 | 発足十五周年記念土屋文明歌碑と合同碑 |
89 | 白波のとどろく磯にひとりして メノコ居たるを見おろして過ぐ |
北海道豊浦町文学碑公園 | 昭和62年7月 (昭和62年7月18日) |
豊浦町 | 石泉 (昭和6) |
活字 |
90 | ふた国の生きのたづきのあひかよふ この峠路を愛しむわれは |
山形県山形市笹谷峠 | 昭和62年10月20日 (昭和62年11月12日) |
斎藤茂吉歌碑建立委員会 | 霜 (昭和17年) |
活字 |
91 | みちのくの瀬見のいでゆのあさあけに 熊茸といふきのこ売りけり |
山形県最上町瀬見温泉湯前神社地内 | 昭和63年5月15日 (昭和63年5月15日) |
瀬見温泉観光協会 | 白き山 (昭和21年) |
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92 | 玉の井に心恋しみ丘のへを のぼりてくだる泉は無しに |
鹿児島県指宿市(旧開聞町)玉乃井神社跡 | 昭和63年7月 | 寄贈:御鍵?孝 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
93 | おのづから硫黄の香するこの里に 一夜のねむり覚めておもへる |
宮城県大崎市(旧鳴子町)鳴子ホテル | 昭和63年9月1日 | 鳴子ホテル代表取締役 高橋柾雄 | 石泉 (昭和6) |
他筆(加納鳴鳳 筆) |
94 | 開聞は円かなる山とわたつみの 中より直に天に聳えけれ |
鹿児島県指宿市(旧開聞町)開聞岳登山口 | 昭和63年10月 (昭和63年11月26日) |
開聞町寄贈:御鍵?孝 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
95 | 諏訪のうみに遠白く立つ流波 つばらつばらに見んと思へや |
長野県下諏訪町高木津島神社 | 昭和63年10月 (昭和63年11月6日) |
下諏訪観光協会 | 赤光 (大正2年) |
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96 | わたつみに北上川の入るさまの ゆたけきを見てわが飽かなくに |
宮城県石巻市日和山公園 | 昭和63年12月6日 | 石巻市 | 石泉 (昭和6) |
「作歌四十年」複製原稿より拡大 |
97 | 麓にはあららぎといふ村ありて 吾にかなしき名をぞとどむる |
長野県南木曾町木曾峠 | 平成元年11月3日 (平成元年11月19日) |
斎藤茂吉歌碑建設委員会 | 暁紅 (昭和11年) |
活字 昭和43年9月に建立した木柱碑を石柱碑に再建立 |
98 | 封建の代の奴踊がをどり居る 進み居る尾花沢往還のうへ |
山形県尾花沢市諏訪神社境内 | 平成元年11月3日 (平成2年8月26日) |
菅野不二男・菅野和助・高橋久 | 白き山 (昭和22年) |
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99 | わがこころ和ぎつつゐたり川の瀬の 音たえまなき君が家居に |
宮城県仙台市青葉山公園 | 平成2年4月15日 (平成2年4月15日) |
斎藤茂吉歌碑建設委員会 | ともしび (昭和3年) |
活字落款「茂吉」のみ自筆 |
100 | いづこにも湯が噴きいでて流れゐる 谷間を行けば身はあたたかし |
群馬県草津町西ノ河原公園 | 平成2年5月16日 (平成2年9月16日) |
文学碑建設委員会(草津町) | 白桃 (昭和8) |
活字 |
101 | 瀧のべの龍泉寺にて夏ふけし 白さるすべり見つつ旅人 |
奈良県川上村龍泉寺 | (平成2年7月28日) | 川上村 | たかはら (昭和5) |
活字落款「茂吉」のみ自筆 |
102 | 神つ代の笠狭之碕にわが足を 一たびとどめ心和ぎなむ |
鹿児島県南さつま市(旧笠沙町) 姥 リアス式海岸展望所 | 平成2年11月1日 | 笠沙町 | のぼり路 (昭和14年) |
他筆町制施行五十周年記念 |
103 | ゆふ闇の空をとほりていづべなる 水にかもゆく一つ蛍は |
岐阜県揖斐川町城台山公園 | 平成2年11月15日 (平成2年11月15日) |
揖斐川町 | 暁紅 (昭和11年) |
他筆(塩谷久雄 筆) |
104 | あかあかと一本の道通りたり 霊剋る我が命なりけり |
愛媛県松山市宝厳寺 | (平成3年3月15日) | 山上次郎 | あらたま (大正2年) |
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105 | みちのくの相馬郡の馬のむれ あかときの雲に浮けるがごとし |
福島県南相馬市(旧鹿島町)桜平山公園 | 平成3年3月 (平成3年3月22日) |
斎藤茂吉歌碑建立委員会 | つきかげ (昭和26年) |
活字 |
106 | 冬の日のひくくなりたる光沁む 砂丘に幾つか小さき谿あり |
茨城県神栖市(波崎町)若松緑地公園 | 平成3年4月 | 波崎町文化財保護審議会 | 暁紅 (昭和10年) |
活字 |
107 | 夢のごとき「鴨山」恋ひてわれは来ぬ 誰も見しらぬその「鴨山」を |
島根県美郷町(旧邑智町)斎藤茂吉鴨山記念館前 | 平成3年5月25日 (平成3年5月25日) |
邑智町 | 白桃 (昭和9年 |
活字平16.町名変更 |
108 | 三瓶山の野にこもりたるこの沼を 一たび見つつ二たびを見む |
島根県大田市三瓶簡易保険センター前 | 平成3年9月 (平成3年10月2日) |
簡易保険福祉事業団 | 寒雲 (昭和14年) |
茂吉手帳の文字 |
109 | 日は晴れて落ち葉のうへを照らしたる 光寂けし北国にして |
岩手県北上市青柳児童公園 | 平成4年3月 (平成4年3月26日) |
北上市 | 石泉 (昭和6) |
活字落款「茂吉」のみ自筆 |
110 | ほとほとにぬるき温泉を浴むるまも 君が情を忘れておもへや |
佐賀県佐賀市(旧富士町)古湯宮の渕 | 平成5年3月4日 (平成5年3月4日) |
斎藤茂吉翁歌碑建立委員会 | つゆじも (大正9年) |
活字落款「茂吉」のみ自筆 |
111 | いさぎよく霜ふるらむか鴨山が すでに紅葉せるその色みれば |
島根県美郷町(旧邑智町)湯抱温泉 | (平成5年11月6日) | 邑智町(中原次郎氏寄託基金) | つきかげ (昭和23年) |
平成16年.町名変更 |
112 | 鴨山を二たび見つつ我心 |
島根県美郷町(旧邑智町)湯抱温泉 日の出旅館前庭 | (平成5年11月6日) | 波多野虎雄〃 幸子 | 寒雲 (昭和14年) |
平16.町名変更 |
113 | つきつめておもへば歌は寂しかり 鴨山にふるつゆじものごと |
島根県美郷町(旧邑智町)湯抱温泉 | (平成5年11月6日) | 邑智町異業種交流会 | つきかげ (昭和23年) |
平成16年 町名変更 |
114 | みづうみの岸にせまりて硫黄ふく けむりの立つは一ところならず |
宮城県大崎市(旧鳴子町)潟沼 | 平成5年12月 (平成6年3月28日) |
鳴子町 | 石泉 (昭和6年) |
活字落款「茂吉」のみ自筆 |
115 | 春の雲かたよりゆきし昼つかた とほき真菰に雁しづまりぬ |
千葉県我孫子市手賀沼遊歩道文学の庭 | 平成6年3月 (平成6年3月27日) |
斎藤茂吉歌碑建設の会 | 白桃 (昭和8) |
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116 | 泡だちて湧きくる泉の香を好しと 幾むすびしつけふの日和に |
山形県大蔵村肘折温泉カルデラ温泉館前庭 | 平成6年7月 | カルデラ温泉館建設業者 沼田建設(株) | 短歌拾遺 (昭和22年) |
他筆 (相田正克 筆) |
117 | 新庄に汽車とまるまもなつかしき 此国びとのおほどかのこゑ |
山形県新庄市新庄駅前ふれあい広場 | 平成6年11月 (平成6年11月23日) |
新庄市 | ともしび (昭和3) |
活字 |
118 | 年まねくわれの恋ひにし鴨山を 夢かとぞ思ふあひ対ひつる |
島根県美郷町(旧邑智町)斎藤茂吉鴨山記念館前 | 平成6年11月 (平成6年11月28日) |
林 陽三郎・青山邦晴熊谷勉・杉本隆一の4名 | 寒雲 (昭和12年) |
平16.町名変更 |
119 | 雨雲のみだれ移るを車房より わが見つつ居り関門の海 |
山口県下関市細江町(市営駐車場前) | 平成8年4月2日 (平成8年4月13日) |
美と安らぎのある街づくり実行委員会 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
120 | はしきやし曉星学校の少年の 頬は赤羅ひきて冬さりにけり |
東京都千代田区 学校法人曉星学園中学・高等学校 | 平成10年3月 (平成10年3月6日) |
曉星学園中学・高等学校 (平成9年度卒業生父兄) | 赤光 (大正元年) |
活字 |
121 | 日当山 妙見 安楽 塩浸 湯は湧きいででくすしき国ぞ |
鹿児島県霧島市(旧隼人町)妙見温泉(虹のつり橋脇) | 平成10年6月 (平成10年7月18日) |
妙見温泉観光協会 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
122 | もえぎ空はつかに見ゆるひるつ方 鳥海山は裾より晴れぬ |
山形県鶴岡市堅苔沢地区(漁港内) | 平成11年12月15日 (平成11年12月26日) |
堅苔沢自治会堅苔沢公民館 | 白き山 (昭和21年) |
活字 |
123 | 新庄にかへり来りてむらさきの 木通の実をし持てばかなしも |
山形県新庄市駅東口交通広場 | 平成12年7月31日 | 新庄市 | 白き山 (昭和21年) |
活字 |
124 | 最上川いまだ濁りてながれたる 本合海に舟帆をあげつ |
山形県新庄市本合海 八向公園 | 平成12年9月 (平成12年9月17日) |
本合海エコロジー | 白き山 (昭和22年) |
活字落款「斎藤茂吉」のみ自筆/原稿 |
125 | 大き河ドナウの遠きみなもとを 尋めつつぞ来て谷のゆふぐれ |
ドイツ連邦共和国ドナウエッシンゲン市大公宮殿内(ドナウ泉脇) | 平成12年10月 (平成12年10月6日) |
上山市 上山日独友好協会 | 遍歴 (大正13年) |
活字 (銅版) |
126 | 石体の神のやしろに小石つむ この縁さへ愛しかりけれ |
鹿児島県霧島市(旧隼人町)宮の杜ふれあい公園(石体神社) | 平成12年10月22日 (平成12年10月22日) |
隼人町文化協会 | のぼり路 (昭和14年) |
活字 |
127 | 朝ゆふはやうやく寒し上山の 旅のやどりに山の夢みつ |
山形県上山市JRかみのやま温泉駅前 | 平成13年2月 (平成13年2月15日) |
上山ライオンズクラブ上山あららぎライオンズクラブ | 石泉 (昭和6年) |
活字 |
128 | 田沢湖 六月十八日 行々子むらがりて住む小谷をも 吾等は過ぎて湖へちかづくほか十首 |
秋田県仙北市(旧田沢湖町)親水広場 | 平成13年10月26日 (平成13年10月26日) |
田沢湖町 | 白き山 (昭和22年) |
歌集「白き山」原稿(自筆)より全11首 |
129 | 鷗らが驚くばかり数むれて 海のなぎさに居るところあり |
北海道豊浦町豊浦港 | 平成13年度 | 豊浦町 | 石泉 (昭和7年) |
活字 金属プレート海岸整備事業修景モニュメント |
130 | をさなくて見しごと峯のとがりをる 三吉山は見れども飽かず |
山形県上山市三吉山参道入口 | 平成15年4月29日 (平成15年4月29日) |
三吉神社鳥居移設工事並びに茂吉歌碑建立建設委員会 | 霜 (昭和17年) |
活字(上山市金生地区) |
131 | 最上川のさかまくみづを今日は見て 心の充つるさ夜ふけにけり |
山形県大江町左沢 最上川畔 | 平成15年10月 (平成15年11月2日) |
大江町 | たかはら (昭和4年) |
活字 |
132 | さ夜なかとなりたるころに目をあきて 最上川の波の音をこそ聞け |
たかはら (昭和4年) |
活字 | |||
133 | 左沢の百目木たぎちて最上川 ながるるさまも今日見つるかも |
たかはら (昭和4年) |
活字 | |||
134 | 南より音たてて来し疾きあめ 大門外の砂を流せり |
山形県大江町左沢地区 | ともしび (大正14年) |
|||
135 | 足乳根の母に連れられ川越えし 田こえしこともありにけむもの |
山形県山形市松原松原不動尊境内 | 平成15年11月30日 (平成15年12月25日) |
不動尊講中代表半田源三郎 | あらたま (大正3年) |
活字随筆「母」(抄)碑面並刻 |
136 | すでにして蔵王の山の真白きを 心だらひにふりさけむとす |
山形県上山市金瓶神明神社境内 | 平成16年5月15日 (平成16年5月15日) |
金瓶地区会金瓶学校保存会 | 小園 (昭和20年) |
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137 | われいまだ十四歳にて庄内へ 旅せし時に一夜やどりき |
山形県大江町左沢原町 | 平成16年5月15日 | 大江町 | たかはら (昭和4年) |
活字 |
138 | 幽かなるもののごとくに此処に果てし 三瓶與十松君を弔ふ |
山形県上山市金瓶三瓶泰庭内 | 平成17年5月14日 | 三瓶 泰 | 連山 (昭和5年) |
他筆(神谷 弘 筆)茂吉筆「證書」並刻 |
139 | わきいづる音のきこゆる弘法水 雪あゆみ来て我心なごむ |
山形県上山市金瓶鈴木隆一庭内 | 平成17年5月14日 | 鈴木隆一 | 小園 (昭和20年) |
他筆(神谷 弘 筆) |
140 | 代田川のほとりにわれをいこはしむ 柳の花もほほけそめつつ |
東京都世田谷区代田鶴が岡橋下流 | 平成25年3月21日 (平成25年3月21日) |
代田川緑道保存の会 | つきかげ (昭和23年) |
他筆設置許可:世田谷区公園緑地課 |
141 | 霧島はおごそかにして高原の 木原を遠に雲ぞうごける |
宮崎県西諸県郡高原町高原駅前 | 平成25年5月11日 | 高原町・高原駅開業100周年記念実行委員会 | つゆじも (大正10年) |
活字高原駅開業100周年記念 |
142 | 山の峰かたみに低くなりゆきて 笹谷峠は其處にあるはや |
山形県山形市蔵王スカイケーブル中央高原駅隣 | 平成28年7月1日 (平成28年7月2日) |
茂吉瀧山蔵王歌碑保存会 | 霜 (昭和16年) |
瀧山山頂記念碑(木柱活字/平成14年9月)老朽化に伴う移築建立 |
143 | ひさかたの天はれしかば蔵王のみ 雲はこごりてゆゆしくおもほゆ |
山形県山形市蔵王温泉蔵王四季のホテル玄関 | 平成28年11月8日 | 蔵王温泉おおみや旅館代表伊藤八右衛門 | 霜 (昭和16年) |
活字 明朝 |
記念碑・その他
No. | 歌碑の歌 | 場所 | 建立日(除幕日) | 建立者 | 出典 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
もろともに教の親のみいのちの さきくいませと建つる石ぶみ |
山形県山形市 蔵王半郷 中山五右衛門庭 |
昭和5年4月 | 中山五右衛門 | たかはら (昭和4年) |
中山翁寿碑 | |
新みどりそよがむ春のめぐり来ば いやさらにして永久にしぬばむ |
東京都府中市 多磨霊園 |
昭和12年5月 | 原田貞之助 墓碑刻歌 |
寒雲 (昭和12年) |
秋月延生 墓 (原田庫之介) |
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朝ゆふに打つ鐘の音はあまひびき 地ひびき永遠にひびきわたらむ |
静岡県伊東市 仏現寺 |
昭和23年1月 | 水村日鴻 | 短歌拾遺 (昭和22年) |
平成和鐘銘六人 (七作品)並刻 |
|
みほとけの大きなげきのきはまりを とはにつたへてひびきわたらむ |
新潟県長岡市 西福寺 |
昭和24年4月 | 西福寺 | つきかげ (昭和23年) |
西福寺鐘銘 | |
引馬野 安礼の崎 | 愛知県御津町 引馬神社 |
昭和42年10月10日 | 御津アララギ会 | 今泉忠男考証 | ||
霊 泉 | 山形県山形市 蔵王温泉若松屋旅館 |
昭和45年9月28日 | 若松屋旅館 | |||
聴禽書屋 | 山形県大石田町 聴禽書屋庭内 |
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夏されば雪消わたりて高高と あかがねいろの蔵王の山 |
山形県上山市 みゆき公園 |
昭和57年3月 | 上山市 | 小園 (昭和20年) |
蔵王連峰山並 解説板内に表示 |
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實相觀入 茂吉山人 | 東京都東村山市 上村占魚庭 |
昭和63年秋 | 上村占魚 | |||
みちのくの仏の山のこごしこごし 岩秀に立ちて汗ふきにけり |
山形県山形市山寺 山寺芭蕉橋 |
昭和63年11月 | 赤光 (明治39年) |
他筆 橋梁欄干 組込プレート |
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みちのくの仏の山のこごしこごし 岩秀に立ちて汗ふきにけり |
山形県山形市山寺 山寺修行の岩場 |
赤光 (明治39年) |
活字木製解説板 | |||
新宿の大京町といふとほり わが足よわり住みつかむとす |
東京都新宿区大京町 斎藤家旧居 |
平成元年11月 | 斎藤茂太 | つきかげ (昭和26年) |
活字 斎藤茂吉終焉の地 建物入口壁面埋込 金属レリーフ |
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式内の由豆佐売の神ここにいまし 透きとほる湯は湧きでて止まず |
山形県鶴岡市 湯田川温泉 由豆佐売神社 |
平成2年4月 | 湯田川堅香子 短歌会 |
白き山 (昭和22年) |
他筆木柱 | |
朝がれひ君とむかひてみちのくの 山の蕨を食へばたのしも |
宮城県仙台市 野草園 |
平成5年4月24日 | 仙台エコー ライオンズクラブ | ともしび (昭和3年) |
他筆 郷土文芸苑 ブロンズプレート |
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万国の人来り見よ雲はるる 蔵王の山のその全けきを |
山形県山形市 山形駅 自由通路 |
平成5年7月21日 | 山形南ロータリークラブ | つきかげ (昭和25年) |
活字自由通路壁面 埋込銅板レリーフ |
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なぎさにも湧きいづる湯の音すれど 潮満ちきたりかくろひゆくも |
鹿児島県指宿市 摺ケ浜砂蒸し会館 「砂楽」裏 |
平成5年9月 | 鹿児島県・指宿市 | のぼり路 (昭和14年) |
他筆(レリーフ) 防潮堤埋込 |
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冬岡に青々として幾むらの 曼珠沙華見ゆわれひとり来む |
埼玉県秩父市 秩父ミューズパーク |
平成8年3月24日 | 秩父市 | 寒雲 (昭和12年) |
活字 伊藤左千夫・ 与謝野晶子の歌と併記 |
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万国の人来り見よ雲はるる 蔵王の山のその全けきを |
山形県上山市 葉山温泉 日本の宿古窯 展望露天風呂 |
平成8年10月 | 日本の宿古窯 | つきかげ (昭和25年) |
他筆 | |
山形第二高等女学校 校歌々稿 一・二・三 |
山形県山形市 木の実町 さくら木公園 |
平成10年8月 (平成10年8月15日) |
山形県立山形北 高等学校創立 70周年記念事業 実行委員会 |
昭和13年執筆原稿 | ||
最上川のさかまくみづを今日は見て 心の充つるさ夜ふけにけり |
山形県大江町 左沢楯山公園 |
平成10年10月27日 | 山形県設置後の管理:大江町 | たかはら (昭和4年) |
活字 最上川ビューポイント 案内標 |
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山の峰かたみに低くなりゆきて 笹谷峠は其處にあるはや |
山形県山形市 蔵王瀧山山頂 |
平成14年9月13日 | 山形市立蔵王 第二小学校 教育後援会 |
霜 (昭和16年) |
活字木柱 | |
雪消えしのちに蔵王の太陽が はぐくみたりし駒草の花 |
山形県上山市 蔵王坊平 「ZAOたいらぐら」 施設入口 |
平14年9月 (平成14年10月16日) |
上山市 (簡易保険融資) |
寒雲 (昭和14年) |
活字記念モニュメント |
関連碑
No. | 歌碑の歌 | 場所 | 建立日(除幕日) | 建立者 | 出典 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
いさゝかの風にもいまは流れやすき 園の千草にこゝろしたしむ |
長崎県長崎市 大久保仁男 墓 |
昭和6年4月29日 | 大久保友之助 | 大久保仁男 作歌 |
斎藤茂吉揮毫 | |
水海之冰者等計而尚寒志 三日月乃影波爾映呂布 |
長野県富士見町 富士見公園 |
昭和12年10月 | 久保田俊彦先生 追悼謝恩会 |
赤彦 詠 茂吉 書 |
島木赤彦 十三回忌記念 |
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角館中学校歌稿 | 秋田県仙北市 (旧角館町) 角館町平福記念 美術館前 |
平成3年9月 | 秋田県立 角館高等学校 卒業生 |
赤彦作詞 茂吉補作 |
平成19年(2007年)4月現在(敬称略)